街と文化 - intangible archivesintangible archives

ロンドンの街並み。

街と文化

幼い頃から海外で過ごし、その時間は22年という建築家の石田建太朗さん。
世界の都市や日本をどのように見て、感じてきたのでしょうか?
海外で生活し、仕事をしてきたからこそ実感することなど、お話を伺いました。
(聞き手:手塚清、サカキテツ朗)

海外の街に住んで

ロンドンの街並み。

サカキ:バンコクやロサンゼルスで育って、ロンドンの街をどんなふうに感じましたか?
石田:イギリスにはそれまで行ったことがなかったのですが、AAスクールという建築学校に行きたくて渡英しました。ロンドンの初めの印象は、成熟した古い都市のなかでさまざまな人種が混ざりあって、お互いを理解しながら成立している、文化的に深い街だなと思いました。ただ、個人的には幼少のころから太陽の下で育ってきているので、暗くて寒いイギリスの気候で生活することは精神的にきつかったですね(笑)。
手塚:確かにロンドンはどんよりした気候ですね。
石田:ロンドンに留学してしばらくしてから、幼少のときに住んでいたロサンゼルスに遊びに行ったのですが、大人になって行ってみるとダウンタウンのビル群など大雑把なところが目立ってあまり街を好きになれませんでした。サンタモニカなど観光資源として街並みをしつらえているところはすごく綺麗で気持ちがいいのですが、車で少し離れると歩道や建物がかなり荒れているのが目につきました。そういうところがアメリカの良いところでもあるんですけどね(笑)
サカキ:アメリカの他の都市はどうですか?
石田:その後ニューヨークのプロジェクトを担当していた際に半年ぐらい住んだことがあるのですが、その時はニューヨークの人々のエネルギーに感動しました。ファッションやデザイン業界の若い人たちも常に新しいものを生み出そうというエネルギーがあります。そのころ見たことのないクラシックな髭を生やしている服屋の店員をちらほら見るようになったり、常に人とは違うことを表現する文化が根付いています。また、みんないつも冗談を言ってユーモアをもって明るく生きているような気がしましたね。深夜に寄ったマックの店員のお兄さんも、3番のメニューを頼んだら「今ない」とか冗談が始まって、メニューにはない「タコスなら作ってあげる」とか、くだらないやり取りがあって、最後には結局頼んだメニューを作ってくれるんですけどね。ちょうど私が滞在しているクリスマス前の忙しい時期に、MTA(バスや地下鉄の連盟)がストライキをやっていて、みなさん大雪が降っているなか何時間もかけてマンハッタンを歩いて通勤していました。乗合タクシーに知らない人と乗ることになっても、誰も文句を言わない。みんなタフです。ニューヨークが大停電になった時にも、飲食店の冷蔵庫も電気がつかなくなってしまい、店の人たちが食事やお酒を道行く人たちに無料で振る舞って路上でパーティしていました。内向的じゃないです。
サカキ:ロンドンとは違ったパワーがありそうですね。
石田:ロンドンもニューヨーク同様に高級なレストランやバーに行くことができますが、アートやデザインに対する一般の文化的な興味は広く浸透しているように感じました。イギリスは国の施策で美術館や博物館は特別展以外は全て無料で入場できます。2008年のリーマンショックの時財政緊縮政策のなかでも「国立博物館と美術館の入場無料は維持される」という決定がなされました。というのはイギリス国内の博物館・美術館はイギリス国民全体のものであり、あらゆる階層の人々が博物館・美術館に無料でアクセスできることが国民の福利厚生の向上につながるという理念が大きな理由です。子供たちが美術館の床に座って名画のデッサンをしているという風景があちこちにあり、文化的な知見が養われることにつながっています。

日本の良さ

日本文化を感じられる京都の下鴨神社。

サカキ:2012年に日本に戻られて、日本の良さを感じるところはどんなところですか?
石田:まずは食ですね(笑)。そのために日本に戻ってきたと言っても過言ではない。これだけ食が豊かで簡単にアクセスできる国はありません。安価な牛丼やラーメンから高級な懐石やお寿司まで、どんな収入層の人も全部網羅されている食の豊かさがあります。日本には四季があって風土があって地方のお祭りがあり、人々の営みの延長に食がある。だからこれだけ多様な食べ物、食文化がそれぞれの地方にある。日本食の繊細さは日本列島それぞれの気候風土につながっていると感じます。
手塚:どんな地方に行ってもちゃんとした食事が楽しめますね。
石田:日本に帰ってくる前はスイスの設計事務所で9年ほど働いておりましたが、スイスは基本的に山岳地方の食文化が多く、フォンデュやロシュティそしてラクレットなどじゃがいもとチーズを組み合わせた料理が多いですね。私が住んでいたバーゼルという街はフランスとドイツの国境の街なので、スイスにない食材を求めてフランスに魚介類を、ドイツにビールや牛肉を買いに行っていました。
サカキ:食以外では何かありますか?
石田:日本人、日本文化の良さはたくさんあります。繊細さといえばデザインもそうですし、街の公共空間が清潔であるということもその一つです。デザインも建築もミニマムな作品が多いのですが、その中に日本らしさ、歴史的な文脈があることでミニマムでも空間に深みが出てくることが多いのではないでしょうか。空間の構成も日本ならではの特徴があります。西洋のレンガや石造りの壁で仕切られる空間ではなく、障子や襖で仕切られる空間で、柔らかく領域をしつらえます。人と人との距離をパーソナルスペースといいますが、外国人より日本人の方がパーソナルスペースが狭い(小さい)と言われています。茶室などに見られるように、日本人は人と人との境界をすごく繊細にかつ明確に作ることができる人種だと思います。その身体的距離が空間の作り方にすごく大きく影響しているのだと思います。
サカキ:海外だったらそれが言葉で説明されているのかもしれません。
石田:そうですね。文化行動学的なところになってくるかもしれません。例えば京都で置き石が置いてあるだけで、この先には入ってはいけないと日本人は「察する」と思いますが、外国人はそのメッセージにさえ気づかない方がほとんどです。日本人は自分の周りにいる人や出来事を意識し、細やかに反応しながら行動していると思います。それがないと東京のような都市でこれだけの人口密度で協働できない。満員電車やスクランブル交差点などもお互いに察しているから成立しているのだと思います。
サカキ:逆に言葉に出した瞬間に角が立つので、言葉に出さないようにしていたのかもしれないですね。
石田:そうですね。
手塚:あ・うんの呼吸や慮るという感覚は日本の特徴と言えるかもしれませんね。

石田建太朗さん(右)と手塚清さん。

石田建太朗 
建築家 / イシダアーキテクツスタジオ株式会社代表
1973年生まれ。ロンドンのArchitectural Association School of Architecture(AAスクール)にて建築を学び、2004年から12年までスイスの建築設計事務所ヘルツォーク&ド・ムーロンに勤務。同社アソシエイトとしてペレス・アート・ミュージアム・マイアミ(マイアミ現代美術館)など国際的なプロジェクトのプロジェクト・マネジメント及びリード・デザイナーを務める。2012年に東京に拠点を移しイシダアーキテクツスタジオ株式会社を設立。東京工業大学特任准教授。
https://www.kias.co.jp

手塚清
株式会社MAIN代表取締役。
1984年、那須塩原市に株式会社庫や創業。35年にわたり「CHEESE GARDEN」を運営。

サカキテツ朗
2005年、コミュニケーションをデザインするサカキラボを設立。行動心理学に基づいたブランディングに数多く携わる。大正大学客員教授。