詩と街 - intangible archivesintangible archives

詩と街

執筆活動のほか、朗読や異業種とのコラボなど、多彩に活躍している詩人の菅原敏さんに、詩と街の関わりについてお話をうかがいました。
(聞き手:手塚清、サカキテツ朗)

レモンの香りがする詩集

サカキ:今、尾道のプロジェクトをされているそうですね。
菅原:元々の始まりは一昨年出した燃やす詩集『果実は空に投げ たくさんの星を作ること』です。Mitosayaという薬草園蒸溜所をやっている友人の江口宏志さんが尾道の生口島のレモンを使って「Lemon Poi」というお酒を作っていて。江口さんから、燃やしたらレモンのお酒の香りがする詩集を作ろうということで始まったのが、私と尾道との最初の接点でした。
サカキ:Mitosayaの江口さんはユトレヒトという書店の店主だった方ですよね?
菅原:そうですね。それ以外にも「東京アートブックフェア」を立ち上げたり。今はお酒ですが、以前は本を軸に多彩な活動をされていました。その江口さんと「本とお酒をつなぐ一冊を作ろう」ということになり。燃やすとレモンのお酒の香りが立ち上り、言葉は消えてしまうけど、書いた詩は煙と香りになって記憶として残る。そんな詩集です。
手塚:那須のゲストハウスに来てくれた時にやりましたね。あれはいい感じでした。
菅原:やっぱり誰かと本を燃やすという共犯を結べるのは楽しいです。
サカキ:ちょっとやってはいけないことをやっている感じですよね。
手塚:ロマンチックでしたよ。
菅原:ある種、禁じられた行為を共有する背徳感というか。本を静かに燃やすという、どこかしら儀式のようでもあり。
手塚:儚く燃えていくのを見届けたことで、共通の秘密を得たような気持ちになりました。
菅原:言葉は消えてしまうけど体験や記憶として残っていく、そういう詩のあり方も面白いですよね。この詩集をきっかけに尾道とのつながりができ、出版記念のパーティを尾道のLOGというホテルでやらせていただきました。LOGはインドの建築設計事務所スタジオムンバイと一緒にLOGのチームが5年もの歳月をかけて、床から壁からあらゆるものが大切に時間をかけて作られたホテルです。こういうものづくりのあり方に惹かれるというのもあって、泊まっていると嬉しい気持ちになるというか。個人的にも大好きな場所です。イベントを機に各部屋にアメニティとして詩集を置いてくださることになったんです。
サカキ:いいですね。それまでに街と関わるプロジェクトはされていたのですか?
菅原:長崎の壱岐という島の地方創生プロジェクトや福井県小浜市の観光プログラムなどに詩で関わってきました。方々に出かけて新たな街に滞在し、感じたことを詩の言葉にする。詩を通じて街の魅力を知ってもらえることは、自分にとっても嬉しいことですね。旅がとても好きですし、旅と詩は重なる部分が大きいですね。

尾道LOGとの取り組み

サカキ:尾道のプロジェクトは具体的にどんな内容なのですか?
菅原:尾道の四季を詩にするというプロジェクトです。元々はコロナ禍で訪れる人が減ってくる中で、尾道の特産品をワンボックスに入れて「Journey」という冠をつけてオンラインで買えるギフトを作ろうと。そこに詩を入れたいというLOGさんからの依頼から始まりました。
サカキ:詩集が入っているのはいいですね。
菅原:はい。それであれば尾道の魅力を季節ごとに紐解いて、その箱に入れてもいいし、LOGの客室やライブラリーに置いてみよう、ということになり。ちょうどLOGに向かう小さな坂道の麓に活版印刷の工房があって、そこで書いた詩を印刷していただいています。
サカキ:季節ごとに詩を書かれるのですか?
菅原:そうですね。LOGと尾道の四季をそれぞれ詩に写すプロジェクトとなったので、おかげで私も尾道を季節毎に巡る旅ができています。同じ場所でも季節が違うと新しい発見に溢れていて「こんな魅力がまだ隠れていたんだ」と発掘しながら一緒に進めています。ホテルや街に詩を注いで、一年を通して巡ることができる、とても幸せなプロジェクトだと感じています。
サカキ:2021年の秋からスタートしたのですか?
菅原:はい。先日は秋の詩のために伺いました。いちじくを詩のキーワードにしたいというLOGさんのご意見もあって、事前にいちじくのジャムを送ってくださり、伺った時に私のために庭のいちじくをひとつ、摘み取らずに取っておいてくれたんです。健気に実っている、西洋いちじくとはちょっと違う小さい蓬莱種という種類で、元々は中国から伝わってきたものだそうです。いちじくを眺めつつ、船の汽笛を聞いていると、かつて中国からいちじくが船に乗ってやってきた当時と現在が少し重なるような気持ちに。実際に訪れていちじくを口にして、皆さんとお話ししなければ感じなかったことだと思います。秋の滞在は本当に素晴らしいものでした。これから冬、春、夏と味わっていく予定です。

土地と詩

サカキ:菅原さんは色々なところに行かれていますね。
菅原:詩を読んだり書いたりする時は、その土地に導かれる部分があって。それが心地よくて色々旅しているように思います。場所のもつ歴史や文化に自分を重ねることもできるし、東京とは違うチャンネルで詩に触れているように思います。
サカキ:詩を作るプロセスは言葉が湧き出てくるのか、それともシーンがあってそれが言葉になっていくのか、どんな形で言葉になっていくのですか?
菅原:きっとそのどちらもが重なって出来上がっていて。土地を訪れた経験が生み出す言葉は必ずあるし、ホテルに泊まってまどろんでいる時にふいに浮かんでくるものもあります。移動すること、体を動かし土地を巡ることは今後も続けていきたいですね。体を移動させることで生まれる言葉があると思っています。例えば新幹線や飛行機に乗っている時など、移動中はやはり気持ちが少しナーバスでもあり、心地よくもある。気持がち揺れているんですよね。行く時にはワクワクするし、帰りには寂しさや安堵感もある。そういう時の心持ちが詩に寄りそってくれるので、今後も旅を重ねながら詩を書いていきたいです。
サカキ:移動が短ければ短いほどいいわけではなくて、ある程度時間は大事だなと思います。
手塚:機関車の音とその音に乗せて詩を読んでもらいたいです。
菅原:まさに尾道は造船の街なので耳を澄ますと船の汽笛が聞こえる。そういうものも詩に実際に生かされています。
手塚:京都のkojinでやっていただいた詩の朗読も素晴らしかったです。
菅原:十五夜の秋の気配のなか、鴨川のほとりでの詩の朗読。とても豊かな時間でした。展望が素晴らしいので、今後も移り変わっていく季節と共に詩を読みたいですね。
手塚:敏さんに京都で1年間、テーマは四季でもいいし、祭りでもいいし、詩で何かやってもらうというのはどうですか?
菅原:四季折々の自然や行事など、やはり京都は特別ですよね。
手塚:祇園祭の音が遠くに聞こえている中で詩を読んだり、何かやってもらいたいです。
菅原:京都に暮らしてみたい気持ちもあるので、そんな仕事ができたら楽しそうです。

菅原敏
詩人。2011年、アメリカの出版社PRE/POSTより詩集『裸でベランダ/ウサギと女たち』でデビュー。執筆活動を軸に、異業種とのコラボレーション、ラジオやテレビでの朗読など幅広く詩を表現。アメリカ(ポートランド州立大学)、ロシア(サンクトペテルブルク・プーシキン博物館)やポーランド(ワルシャワ日本大使館)など、海外からの招聘で国際的な朗読活動も行なっている。主な講演に東京国際文芸フェス、六本木アートカレッジ、Google (US)主催のデザイン・カンファレンス「SPAN」など。Superflyや合唱曲への歌詞提供、東京藝術大学大学院との共同プロジェクト、美術家とのインスタレーションなど、音楽やアートとの接点も多い。
近年は長崎県壱岐市、福井県小浜市、広島県尾道市など地方創生やまちづくりに関わる詩作や、J-WAVE『QUIET POETRY』『NIKE LAB RADIO*』の ディレクション、香りにまつわる製品のプロデュースなど、〔もしも詩が水なら〕をテーマにさまざまな器に詩を注ぐ活動を展開している。
近著に『かのひと 超訳世界恋愛詩集』(東京新聞)、『果実は空に投げ たくさんの星をつくること』(mitosaya)、『季節を脱いで ふたりは潜る』(雷鳥社)。東京藝術大学 非常勤講師。http://sugawarabin.com/